はじめに:現在のCBD市場形成
2024年12月に世界的にも類をみない厳格な法規制が定められ、市場拡大に向けては課題も山積みのCBD市場ですが、これまでのところ、20代~40代を中心に、睡眠補助、ストレスの緩和への選択肢として少しずつ求められるようになってきたと捉えています。
私個人の見解としては、現在のCBD市場のライフサイクルはまだまだアーリーステージでしかなく、その成分の有効性を詳しく学ぶほど、本来的には高齢ユーザーの役に立てる余地が多分にあるのではとも考えています。現時点では高齢層に広く受け入れられているCBDブランドはまだ日本に存在しないと認識していますが、折角の機会なので「加齢とCBD」という切り口で、高齢市場におけるポテンシャルについて考察をしてみようと思います。本稿は、「CBDアドベントカレンダー2025企画」の一環として執筆しました。
https://calendar.cbdbu.jp/advent/2025
1. 日本の超高齢化社会の現状と課題
日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入し、その進行は今後も続くことが予測されています。内閣府の高齢社会白書によると、令和5年(2023年)時点での日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は29.1%に達しています内閣府, 20231。この数値は、世界の主要国と比較しても突出しており、日本は既に「超高齢社会」の段階に入っています。
さらに将来予測によれば、総人口は減少傾向にある一方で、高齢化率は上昇を続け、令和52年(2070年)には38.7%に達し、国民の2.6人に1人が65歳以上という社会構造が形成されることが予測されています内閣府, 20231。また、75歳以上の後期高齢者の割合も増加し、令和52年には25.1%に達し、国民の約4人に1人が75歳以上となる見込みです。
このような超高齢化社会において、健康寿命の延伸と生活の質(QOL)の維持向上は最も重要な社会的課題の一つとなっています。厚生労働省の資料によれば、日本の人口は2070年には総人口が9,000万人を割り込み、高齢化率は39%の水準になると推計されており厚生労働省, 20222、医療・介護システムの持続可能性を確保するためには、新たな視点からの健康アプローチが必要とされています。
本稿では、老化を「恒常性の低下」という観点から捉え、カンナビジオール(CBD)などの非向精神作用カンナビノイド成分が持つ恒常性維持・回復効果に着目し、超高齢化社会における新たな健康アプローチの可能性について、最新の科学的知見に基づいて論じていきます。
2. 老化と恒常性の関係性
老化を恒常性の低下として捉える科学的視点
老化とは単なる年齢の積み重ねだけでなく、様々な生理学的機能の変化を伴うプロセスです。特に重要なのは、加齢に伴う「恒常性(ホメオスタシス)」の低下です。恒常性とは、外部環境の変化や内部の生理的変動に対して、生体が適切に反応し、安定した状態を維持する能力を指します。
科学的研究によれば、老化のプロセスは恒常性維持機能の衰えと密接に関連しています。Bilkei-Gorzo(2012)は、査読付き論文の中で「老化は恒常性防御系の活動低下として捉えられる」と述べており、加齢に伴い体の様々なシステムが外部および内部ストレスに対して適切に対応する能力が徐々に失われていくと説明していますBilkei-Gorzo, 20123。
加齢に伴う生理機能の変化とその原因
加齢に伴う恒常性低下のメカニズムは多岐にわたりますが、主要な要因として以下が挙げられます:
- 細胞レベルでの変化:酸化ストレスの蓄積、ミトコンドリア機能障害、DNA損傷の蓄積、テロメア短縮などが加齢に伴い進行し、細胞の恒常性維持能力を低下させます。Di Marzo et al.(2015)は、細胞内の酸化還元状態の不均衡がミトコンドリア機能障害を引き起こし、これが神経変性など様々な老化現象の進行に寄与していることを示していますDi Marzo et al., 20154。
- 神経系の恒常性維持機能の低下:神経伝達物質のバランス異常、シナプス可塑性の減少、神経炎症の増加などが神経系の恒常性を崩し、認知機能や運動機能の低下につながります。Bilkei-Gorzo(2012)は、加齢に伴い神経系の恒常性維持機能が低下し、脳内の炎症反応が増加することで神経変性が促進されることを報告していますBilkei-Gorzo, La 20125。
- 免疫系の変化:加齢に伴い免疫系の反応性が変化し、慢性的な炎症状態(インフラメイジング)が生じます。この状態は様々な加齢関連疾患の発症リスクを高めます。Paloczi et al.(2018)は、慢性炎症と酸化ストレスが神経変性疾患の主要な病態生理的要因であることを明らかにしていますPaloczi et al., 20186。
- 代謝調節の変化:エネルギー代謝の効率低下、インスリン感受性の変化、脂質代謝の異常など、代謝系の恒常性維持機能も加齢とともに低下します。これが糖尿病や心血管疾患などのリスク増加につながります。
これらの変化は相互に影響し合い、複雑なネットワークを形成しながら老化プロセスを形作っています。重要なのは、これらの恒常性低下は不可逆的なものではなく、様々なアプローチによって改善・遅延させることが可能だという点です。後述するエンドカンナビノイド系とその調節はその有望なアプローチの一つと考えられています。
3. エンドカンナビノイド系(ECS)の概要
ECSの定義と基本的な機能
エンドカンナビノイド系(Endocannabinoid System, ECS)とは、人体内に存在する広範な生理学的システムで、神経伝達物質(内因性カンナビノイド)、受容体、および代謝酵素から構成されています。この系は1990年代に発見されたもので、大麻植物(Cannabis sativa)研究の過程で明らかになりました。
ECSの主要な構成要素は以下の通りです:
- 内因性カンナビノイド(エンドカンナビノイド):アナンダミド(N-アラキドノイルエタノールアミン、AEA)と2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が主な内因性カンナビノイドです。これらは必要に応じて体内で合成され、神経伝達物質として機能します。Di Marzo et al.(2015)は、エンドカンナビノイドが「オンデマンド」で産生され、恒常性を回復させるために機能すると説明していますDi Marzo et al., 20154。
- カンナビノイド受容体:CB1とCB2の二種類の主要な受容体があります。CB1は主に中枢神経系に分布し、CB2は主に免疫系細胞や末梢組織に分布しています。これらの受容体はG蛋白共役型受容体の一種で、エンドカンナビノイドやフィトカンナビノイド(植物由来カンナビノイド)と結合することで細胞内シグナル伝達を活性化します。
- 代謝酵素:エンドカンナビノイドの合成と分解を担う酵素群で、適切な濃度調節を行います。主な酵素としては、脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)やモノアシルグリセロールリパーゼ(MAGL)などがあります。
ECSは、神経伝達、免疫機能、代謝調節、痛みの知覚、気分や記憶の調節、食欲、睡眠など、多岐にわたる生理機能の調節に関与しています。Chen(2015)の研究では、「ECSは脳機能の恒常性維持に不可欠な役割を果たしている」と結論づけていますChen, 20157。
恒常性維持におけるECSの役割
ECSの最も重要な特徴は、体内のホメオスタシス(恒常性)維持において中心的な役割を果たしていることです。Paradisi et al.(2006)は「ECSは正常な恒常性と免疫系の発達において重要な役割を果たしている」と強調していますParadisi et al., 20068。
具体的には、ECSは以下の方法で恒常性の維持に貢献しています:
- 神経系の調節:シナプス伝達の制御、神経可塑性の調節、および神経保護作用を通じて、神経系の恒常性を維持します。Bilkei-Gorzo(2012)は、カンナビノイド系の活性化が様々な経路を通じて神経保護作用を発揮し、酸化ストレスや炎症から神経細胞を保護することを示していますBilkei-Gorzo, 20123。
- 免疫系の調節:炎症反応の制御、免疫細胞の活性化と抑制のバランス調整を行うことで、過剰な免疫応答や炎症を防ぎます。Paloczi et al.(2018)は、ECSが神経変性疾患における神経炎症を制御する重要な役割を果たしていることを明らかにしていますPaloczi et al., 20186。
- エネルギー代謝の調節:食欲、エネルギー消費、および代謝プロセスの調整を通じて、体重と代謝の恒常性を維持します。Lipina & Hundal(2016)は、ECSが細胞の酸化還元恒常性の調節に重要な役割を果たしていることを示していますLipina & Hundal, 20169。
- ストレス応答の調節:ストレス反応を適切に制御し、身体的・精神的ストレスへの適応を促進します。Murillo-Rodríguez et al.(2020)は、ECSが睡眠の恒常性維持にも関与していることを報告していますMurillo-Rodríguez et al., 202010。
こうした多面的な調節機能を通じて、ECSは体内の様々なシステムが適切に機能し、外部環境の変化や内部ストレスに対して効果的に対応できるよう支援しています。このことから、ECSは「マスター調節システム」とも呼ばれています。
4. 加齢に伴うエンドカンナビノイド系の変化
加齢によるECSの機能低下
加齢に伴い、ECSの機能は徐々に低下することが複数の査読付き研究で示されています。Bilkei-Gorzo(2012)は、「加齢に伴いカンナビノイド系の活性が低下する」ことを発見し、これが認知機能の低下や神経変性疾患のリスク増加に関連している可能性を示唆していますBilkei-Gorzo, 20123。
加齢に伴うECSの主な変化としては以下が挙げられます:
- 内因性カンナビノイドの産生減少:Di Marzo et al.(2015)の研究では、加齢に伴いエンドカンナビノイドの産生能力が低下することが示されています。これは「エンドカンナビノイド欠乏」と呼ばれる状態につながり、様々な生理機能の恒常性維持に影響を与えますDi Marzo et al., 20154。
- カンナビノイド受容体の密度と感受性の低下:特に脳内のCB1受容体の密度が減少し、シグナル伝達効率が低下します。Bilkei-Gorzo(2012)は、加齢に伴うCB1受容体の機能低下が、神経保護機能の低下につながる可能性を指摘していますBilkei-Gorzo, 20123。
- ECS関連酵素の機能変化:エンドカンナビノイドの合成や分解を担う酵素の活性が変化し、ECSの適切な調節が困難になります。Paradisi et al.(2006)は、加齢によるこれらの酵素活性の変化がECS機能全体の低下につながることを示していますParadisi et al., 20068。
- ECSの反応性低下:ストレスや外部刺激に対するECSの反応性が全体的に低下し、恒常性維持能力が減弱します。Meccariello et al.(2020)は、エンドカンナビノイド系のエピジェネティクスに関する研究で、加齢に伴うECSの反応性低下が様々な生理機能に影響を与えることを明らかにしていますMeccariello et al., 202011。
ECS機能低下と様々な老化現象との関連
ECSの機能低下は、単に一つの生理系統の変化に留まらず、多様な老化現象と密接に関連しています:
- 認知機能の低下:Di Marzo et al.(2015)は、「ECSの機能低下が加齢に伴う認知機能低下を加速させる」ことを示しており、これが記憶力や学習能力の低下に関与していることを報告していますDi Marzo et al., 20154。
- 神経炎症の増加:Bilkei-Gorzo(2012)によれば、ECSの抗炎症作用が低下することで、脳内の神経炎症が増加し、これが神経変性疾患のリスクを高める可能性がありますBilkei-Gorzo, 20123。
- 睡眠障害の増加:Murillo-Rodríguez et al.(2020)は、「ECSは加齢に伴う睡眠障害にも関与している可能性がある」という研究結果を報告しており、CB1受容体やエンドカンナビノイド分解酵素FAAAの機能変化が、高齢者に多い睡眠パターンの変化に影響している可能性を示唆していますMurillo-Rodríguez et al., 202010。
- 疼痛感受性の変化:Basavarajappa et al.(2017)は、ECSが疼痛シグナルの調節に重要な役割を果たしており、その機能低下が高齢者における慢性疼痛の増加に関連している可能性を示していますBasavarajappa et al., 201712。
- 代謝調節の異常:ECSはエネルギー代謝の調節にも関与しており、その機能低下は加齢に伴う代謝性疾患のリスク増加に関連する可能性があります。Lipina & Hundal(2016)は、ECSが細胞の酸化還元恒常性を調節し、代謝プロセスに影響を与えることを示していますLipina & Hundal, 20169。
これらの知見から、加齢に伴うECSの機能低下が、老化現象の多くの側面に関与していることが明らかになっています。したがって、ECSの機能を適切に支援することが、健康的な老化プロセスを促進し、加齢関連疾患のリスクを低減する上で重要な戦略となる可能性があります。
5. CBDなどのカンナビノイド成分の恒常性維持・回復効果
CBDの作用機序と多面的な生理効果
カンナビジオール(CBD)は、大麻草に含まれる非向精神作用性のカンナビノイドで、テトラヒドロカンナビノール(THC)のような「ハイ」を引き起こさないことが特徴です。CBDの作用機序は複雑で多岐にわたりますが、その中心はエンドカンナビノイド系(ECS)との相互作用にあります。
Bhunia et al.(2022)の包括的レビューによれば、CBDの主な作用機序は以下の通りですBhunia et al., 202213:
- 直接的な抗酸化作用:CBDは活性酸素種(ROS)を直接捕捉し、脂質過酸化を抑制することで、神経細胞を酸化ストレスから保護します。
- エンドカンナビノイド系への間接的作用:CBDはカンナビノイド受容体(CB1、CB2)への親和性は低いものの、脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)を阻害することで内因性カンナビノイドであるアナンダミド(AEA)の分解を抑制し、その濃度を高めます。これによりグルタミン酸による興奮毒性を防ぎます。
- 他の受容体への作用:CBDはセロトニン受容体5-HT1A、バニロイド受容体TRPV1、核内受容体PPARγなど、複数の分子標的に作用し、抗炎症作用や神経保護作用を発揮します。
- ミトコンドリア機能の保護:CBDはミトコンドリアの機能障害を防ぎ、細胞のエネルギー産生を維持することで神経保護効果を示します。
- アポトーシスの抑制:CBDはカスパーゼを介したアポトーシス経路を抑制し、神経細胞死を防ぎます。
これらの多面的な作用機序により、CBDは以下のような生理効果をもたらします:
- 神経保護作用:Bhunia et al.(2022)は、CBDが神経変性疾患モデルにおいて神経保護効果を示すことを報告していますBhunia et al., 202213。
- 抗炎症作用:Paloczi et al.(2018)によれば、CBDはミクログリアの活性化を抑制し、炎症性サイトカインの産生を減少させることで、神経炎症を軽減しますPaloczi et al., 20186。
- 抗酸化作用:Booz(2011)は、CBDが酸化ストレスに対する防御機構を強化し、細胞の酸化還元恒常性を維持することを示していますBooz, 201114。
- 鎮痛作用:複数の研究がCBDの鎮痛効果を報告しており、特に神経障害性疼痛に対する効果が注目されています。
- 抗不安作用:CBDはセロトニン受容体への作用を通じて抗不安効果を示すことが、複数の研究で報告されています。
特に重要なのは、CBDが直接的にカンナビノイド受容体に強く結合するのではなく、主にエンドカンナビノイド系の調節を介して作用するという点です。これにより、ECSの本来の機能を乱すことなく、その恒常性維持能力を支援することができます。
具体的な研究データに基づく効果
神経保護作用
CBDの神経保護作用はいくつかの高品質な研究で示されています。Bhunia et al.(2022)のレビューによれば、CBDはパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患モデルにおいて、ドパミン含有量の回復や神経細胞の生存率向上など、顕著な神経保護効果を示していますBhunia et al., 202213。
特に、アルツハイマー病モデルにおいては、CBDがベータアミロイドによる神経毒性から保護し、タウタンパク質のリン酸化を抑制することが報告されています。このメカニズムには、酸化ストレスの軽減、神経炎症の抑制、およびGSK-3βなどのキナーゼの阻害が関与しています。
抗炎症・抗酸化作用
CBDの強力な抗炎症作用と抗酸化作用は、老化プロセスの遅延に重要な役割を果たす可能性があります。Pellati et al.(2018)のレビューでは、CBDが活性酸素種(ROS)の生成を抑制し、抗酸化酵素の発現を増加させることが示されていますPellati et al., 201815。
Paloczi et al.(2018)は、酸化ストレス関連の神経変性疾患における内因性カンナビノイド系の役割を研究し、CBDなどのカンナビノイドが酸化ストレスと神経炎症を軽減することで神経保護効果を発揮することを報告していますPaloczi et al., 20186。
恒常性の回復と健康寿命延長効果
最も注目すべき研究成果は、CBDが健康寿命(healthspan)および寿命(lifespan)の延長に寄与する可能性を示すものです。Shen et al.(2022)は、線虫(C. elegans)モデルを用いた研究で、CBDが平均寿命を最大18.3%延長し、高齢期の活動性を最大206.4%増加させることを報告していますShen et al., 202216。
この研究では、CBDが摂食行動、運動能力、生殖機能など、加齢に伴い低下する様々な生理機能を改善することが示されています。作用機序については完全には解明されていませんが、葉酸やメチオニン代謝の阻害など、いくつかの可能性が示唆されています。
更に、Wang(2022)による最近の研究では、「CBDは様々な老化関連の変性疾患や神経障害に対して保護効果を持つ可能性がある」ことが示され、「CBDが健康な長寿に有益である」ことが示唆されていますWang, 202217。
これらの研究結果は、CBDが単に特定の症状を緩和するだけでなく、老化のプロセス自体に影響を与え、健康寿命を延長する可能性を示唆している点で非常に重要です。
6. 高齢者におけるCBDの潜在的効果
認知機能維持
高齢者における認知機能の低下は、生活の質に大きな影響を与える問題です。CBDは複数のメカニズムを通じて、認知機能の維持・改善に寄与する可能性があります。
Bhunia et al.(2022)のレビューによれば、CBDはアルツハイマー病モデルにおいて、ベータアミロイドの蓄積を減少させ、タウタンパク質の過剰リン酸化を抑制することが示されていますBhunia et al., 202213。ベータアミロイドとタウタンパク質はアルツハイマー病の主要な病理学的特徴であり、これらを減少させることは認知機能の保護につながります。
さらに、Bilkei-Gorzo(2012)は、カンナビノイド系が脳の恒常性防御系として機能し、神経保護効果を発揮することで、加齢に伴う認知機能低下を遅延させる可能性を示していますBilkei-Gorzo, 20123。具体的には、ミトコンドリア機能の維持、酸化ストレスの軽減、神経炎症の抑制、オートファジーの促進などを通じて、神経細胞の生存と機能を支援します。
また、Bonnet & Marchalant(2015)の研究では、エンドカンナビノイド系が加齢と認知に関与しており、このシステムの調節が認知機能の維持に貢献する可能性が示されていますBonnet & Marchalant, 201518。
これらの知見から、CBDは高齢者の認知機能維持において有望なアプローチとなる可能性があります。
炎症制御と疼痛管理
高齢者において、慢性疼痛は非常に一般的な問題です。CBDは複数の経路を通じて疼痛を緩和する効果があります。
Bhunia et al.(2022)によれば、CBDはCB2受容体の逆アゴニストとして作用し、ミクログリアの活性化を抑制することで神経炎症を軽減しますBhunia et al., 202213。また、TRPV1受容体の活性化を通じて、疼痛知覚に直接影響を与えることも示されています。
Miller & Miller(2021)の研究では、高齢者の急性および慢性疼痛に対するCBDの使用について検討し、CBDが安全で効果的な疼痛管理の選択肢となる可能性が示唆されていますMiller & Miller, 202119。特に、高齢者特有の薬物動態の変化や多剤併用の状況を考慮すると、CBDのような副作用の少ない代替療法は価値があるとしています。
これらの研究は、CBDが高齢者の疼痛管理において、従来の鎮痛薬の代替または補完として機能する可能性を示しています。
睡眠質の改善
睡眠障害は高齢者の生活の質に大きな影響を与える問題ですが、CBDは睡眠の質を改善する可能性があります。
Murillo-Rodríguez et al.(2020)の研究では、エンドカンナビノイド系が睡眠の調節に関与しており、加齢に伴う睡眠障害にも影響している可能性が示されていますMurillo-Rodríguez et al., 202010。彼らは、CB1受容体やエンドカンナビノイド分解酵素の機能変化が、高齢者に多い睡眠パターンの変化に関連していることを報告しています。
CBDは間接的にエンドカンナビノイド系を調節することで、これらの睡眠障害を改善する可能性があります。特に、アナンダミドの濃度を上昇させることで、睡眠の質や持続時間に良い影響を与える可能性が示唆されています。
その他の生活の質向上効果
CBDは上記以外にも、高齢者の生活の質を向上させる可能性のある多様な効果を持っています:
- 心血管健康の促進:複数の研究が、CBDの血管拡張作用や抗炎症作用が心血管系の健康に寄与する可能性を示しています。Bonnet & Marchalant(2015)は、エンドカンナビノイド系が血圧調節にも関与していることを報告していますBonnet & Marchalant, 201518。
- 精神的健康の維持:Crippa et al.(2018)のレビューでは、CBDの抗不安作用や抗うつ作用が報告されており、高齢者の精神的健康維持に貢献する可能性が示されていますCrippa et al., 201820。
- 免疫機能の調節:加齢に伴う免疫系の変化(免疫老化)は様々な健康問題の原因となりますが、CBDの免疫調節作用がこれを緩和する可能性があります。Pellati et al.(2018)は、CBDが免疫細胞の機能を調節し、炎症反応を適切にコントロールすることを報告していますPellati et al., 201815。
これらの多面的な効果は相互に関連し合い、高齢者の全体的な健康状態と生活の質の向上に貢献する可能性があります。しかし、これらの効果を完全に検証するためには、高齢者を対象とした質の高い臨床試験がさらに必要です。
7. 日本の超高齢化社会におけるカンナビノイド活用の可能性と課題
現在の法的規制と今後の展望
日本におけるCBDやその他のカンナビノイド成分の法的位置づけは、近年変化してきています。大麻取締法の改正により、規制の枠組みが「部位規制」から「成分規制」へと変更されました。
この変更により、非向精神作用成分であるCBDについては、その由来にかかわらず流通が可能になり、医療や健康分野での研究開発や活用の可能性が広がりつつあります。また、医療用のCBD製剤であるエピディオレックスの欧米諸国では承認も示されており(日本は未承認)、医療分野でのカンナビノイド活用の道が徐々に開かれつつあります。
ただし、今後も法的規制の枠組みは継続的に見直され、更新される可能性があります。特に、医療用途と健康増進用途の区分や品質管理基準の策定など、より詳細な規制整備が進められると予想されます。
医療・健康分野での活用可能性
日本の超高齢化社会におけるカンナビノイド成分の活用可能性は多岐にわたります:
- 医療分野での活用:特に、現在の治療法では効果が限定的な神経変性疾患、慢性疼痛、睡眠障害などの加齢関連疾患に対する補完的アプローチとしての可能性があります。Bilkei-Gorzo(2012)や Bhunia et al.(2022)の研究は、CBDが神経変性疾患に対して有望な治療アプローチとなる可能性を示していますBilkei-Gorzo, 20123; Bhunia et al., 202213。
- 予防医学的アプローチ:CBDの抗炎症作用や抗酸化作用は、加齢に伴う様々な生理的変化を予防・遅延させる可能性があります。健康寿命の延伸という社会的課題に対する新たなアプローチとして期待されます。Wang(2022)の研究は、CBDが健康寿命の延長に貢献する可能性を示唆していますWang, 202217。
- 高齢者のQOL向上:痛みの緩和、睡眠の質改善、不安・うつ症状の軽減などを通じて、高齢者の生活の質を向上させる可能性があります。特に、従来の薬物療法で副作用が問題となるケースでの代替・補完的アプローチとしての価値が注目されています。Miller & Miller(2021)は、高齢者の疼痛管理におけるCBDの潜在的価値を示していますMiller & Miller, 202119。
- 医療費削減への貢献:効果的な予防と管理が実現されれば、高齢者の医療費や介護費用の削減にも寄与する可能性があります。
ただし、これらの可能性を実現するためには、さらなる科学的研究の蓄積、適切な規制の整備、医療従事者や一般市民への教育・啓発活動、品質管理や安全性確保の仕組み作りなど、多くの課題に取り組む必要があります。
8. 結論:持続可能な健康長寿社会に向けたカンナビノイドの役割
日本の超高齢化社会における健康課題に対応するためには、従来のアプローチに加えて、新たな視点からの取り組みが求められています。本稿で触れてきたように、老化を「恒常性の低下」として捉え、エンドカンナビノイド系(ECS)の機能低下に注目することで、新たな健康アプローチの可能性が見えてきます。
カンナビジオール(CBD)をはじめとするカンナビノイド成分は、その多面的な作用機序を通じて、加齢に伴う恒常性低下を緩和し、健康寿命の延伸に貢献する可能性があります。特に、Bilkei-Gorzo(2012)が示すような神経保護作用や、Bhunia et al.(2022)が報告する抗炎症作用、Paloczi et al.(2018)が明らかにした抗酸化作用などは、老化のプロセスそのものに働きかけるという点で注目に値しますBilkei-Gorzo, 20123; Bhunia et al., 202213; Paloczi et al., 20186。
実際、Shen et al.(2022)のような科学的研究が示すように、CBDは認知機能の維持、疼痛の緩和、睡眠の質の向上など、高齢者の生活の質に直結する様々な側面に良い影響を与える可能性がありますShen et al., 202216。さらに、前臨床モデルにおいては寿命そのものを延長する効果も報告されており、超高齢化社会における新たな健康戦略としての可能性を示唆しています。
日本では近年、CBD関連の規制が見直され、研究や医療応用の可能性が広がりつつあります。持続可能な健康長寿社会の実現に向けて、カンナビノイドを活用した新たなアプローチの可能性を真摯に検討し、科学的エビデンスに基づいた適切な制度設計を進めていくことが求められています。
超高齢化社会における健康課題は、単一のアプローチで解決できるものではありません。しかし、エンドカンナビノイド系という生体内の恒常性維持システムに着目し、そのサポートを通じて健康長寿を促進するという視点は、今後の高齢者医療や健康政策に新たな可能性をもたらすものと期待されます。今後は、高齢者を対象としたより質の高い臨床研究を積み重ね、CBDなどのカンナビノイドの有効性と安全性について、さらなるエビデンスを蓄積していくことが重要です。
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